Tacomi式世界⑦「おじさんからの脱皮」
「うわっ、ばかうけみてぇじゃん!」
「いや、おれはハッピーターン派だなー」
「ワンピースの黄猿っぽい」
「鉛筆でいいよ鉛筆で」
今日から講師としてバイトをする塾で、帰る生徒たちを見送りに出たら、さっきから生徒たちが玄関を出てくれない。
物珍しそうに、ぼくの長い顔面を見て、何かに例える合戦をしていた。
誰かがまとめて「じゃあ、もうばかうけ猿とかでよくね? 早く帰ろー」
と合戦に終止符を打った。
ところが、続けざまに「で、おっさん何歳なの?」と聞いてきた。
年齢を言ってはダメだった。なので、
「て、天才」
と言った。
「は。つまんな。どう見ても48のおっさんじゃん」
ぐっ……!! どう見たら48になるんだよ。
「違う違う! ホ、ホントはお茶の子さいさいでしたー!」
「だから、つまんな。じゃさようならー」
悪夢のような時間だった。人をお菓子や文房具や好きでもないアニメキャラに例えやがって…。しかも48だと…!!
この時以来、ぼくはずっと顔面の骨格を整形したいと思っていたし、青のりの部分にあたる青ヒゲも脱毛したかった。
でも、そんな莫大な費用、あるわけない。
もし、10000歩譲ってそれだけ稼げたとしよう。だが、その頃にはもうこの顔面は、しけっているだろうし、なんなら『梅干しシート』にでもなっている気がする。
ということで、ぼくは測定不能の顔面偏差値についてはあきらめた。
どうせそもそも老け顔だ。
ぼくは開き直って、メルアドを「bakaukezaru」にしたり、Twitterのアカウント名を、「アンハッピーターン@不幸の味は鉛筆の味」にしたりした。
もうなんとでも言え。自虐こそ最大の防御だ。
それでも、「少しでもカッコよく見せたい…」というのが男の性(さが)だ。
そう、顔がダメならファッションで勝負。
まぁちょっとずつやっていけばいい。まずは、かばんから変革することにした。
ぼくはいつも、MARVELの巨大なロゴがドーンとプリントされたショルダーバッグを愛用していたが、あるファッション系You Tuberの動画を見て危機を感じた。
「今どきショルダーバッグはおじさん扱いされるから、やめといたほうがいい。MARVELとか恥ずかしいよ(笑)」という内容だった。
身体に電撃が走った。あかんではないか。
ただでさえ、ぼくはジャンプしてもしなくても、おなか周りのお肉がぷるんぷるんして、肉体的にもわがままボディのおじさんになってきていた。
「エルチキうめぇ。スミノフとの組み合わせ最強だわww」とか、余裕をぶっこいている場合ではなかった。一刻の猶予もない。
そのYou Tuberは、『サコッシュ』というバッグが流行っていると熱弁していた。
ショルダーバッグのコンパクトバージョンみたいな感じだ。ただし、肩に掛けてバッグを後ろにもってくるんじゃなくて、身体の前にもってくるのが今風らしい。
ルミネで早速買ってみた。思ったより小さい。
財布と携帯しか持っていなかったので、タグを千切って早速肩に掛けてみる。
誰もいないトイレの洗面台の鏡に若返った自分が映っている。ポケットに手を入れたバージョン、腕を組んだバージョン、トイレの入口から遠くから歩いてくるバージョンなど、いろいろ一人パリコレをやってみる。なかなかいい感じ。
街を歩いてみる。いつもと風景が違って見える…ような気がしている。
ところが。
さっきから流行りの掛け方で歩いてるけど、腰が痛くなってきた。
身体がだんだん前のめりになってきた。そっちの方が楽だし、まっすぐ立っていられない。重たいものを身体の前にやると、腰をやっちゃうのか…?
我慢できずに、途中でコルセットを買って腰に巻いた。
いい加減肩も痛かったけど、「前にサコッシュがあるのがカッコいい」という法則に従い、無駄な抵抗をして、今度は首にぶら下げてみた。
通りすがりに、ショーウィンドウに自分の姿が映った。
コルセット+小さなサコッシュ=いつ行方不明になってもいいように首からGPSをぶら下げているおじいちゃん……にしか見えないではないか。
作戦失敗。もうサコッシュなんて使うもんか。
つづく