Tacomi式世界⑧「へそくり失敗記」
小学校2年生の冬休み、ぼくはへそくりをしたことがある。
確か、『クレヨンしんちゃん』でへそくりについての回があって、子どもだったぼくは「へそくりって何だかおもしろそう…」と影響された。
正月。実行の時はやってきた。
家に来る親族たちからお年玉袋を回収し終えたぼくは、いつもならそっくりそのまま「はいこれ」と、強制的に母に渡すはめになるのだが、今年はひと味違う。
とりあえず、1000円札1枚を抜き取り、ズボンのポケットに忍ばせた状態で「はいこれ」とお年玉授与の式を母に執り行った。
母は合計いくらぼくがもらったかなんて知らないから、問題ない。
そして。
ぼくは家族たちの目を盗んで、忍び足でへそくり場所を探した。
自分の机の引き出しの中だと、見つかりはしないだろうけど、なんかへそくり感がない。あのバレそうでバレなさそうなスリル感を味わいたかったのだ。
押し入れなら開ける機会が多いからすぐバレるし、ダイニングテーブルの裏に貼ってもどうせ床を掃除する時にテーブルを立て掛けるからバレる。
なら、ここだ。
普段、人目につかず、掃除の時も特に動かす必要がないところ……そう、ぼくがへそくり場所に選んだのは、床の間に垂れている、たぶん昔の中国の河が描かれた掛け軸の裏側だ。
ここなら大丈夫だろう。
バカなぼくは、誰も盗まないようにと、強粘着ガムテープを長く伸ばし、1000円札に縦断させて掛け軸の裏側に貼った。この秘密感がたまらない。
貼ってから、冬休みが過ぎていった。ぼくは自分の机から床の間をずっと監視していたけど、案の定、誰も床の間の掛け軸なんかいじらない。
だんだんつまらなくなってきた。完璧な隠し場所過ぎたのかもしれない。ぼくは隠し場所を変えようと思い立った。
ところが、掛け軸の裏側にある1000円札を剥がそうとすると、嫌な予感がした。
「あ、これガムテープじゃね?」
「じゃね?」じゃねーよ、という感じだが、ぼくはあせった。どうしよう。いや、ゆっくり剥がしていけば、掛け軸も1000円札も破れないはずだ。たぶん。
そっと、ちょっとだけ剥がしてみる。しっかり掛け軸の裏紙がくっついてくる。終わった…。
1000円札なら、破れてもまた銀行に持っていけば交換してくれる、という話を聞いたことがある。ただ、掛け軸は無理だ。
もう、テーブルクロス引きの要領で、ひと思いに剥がすしかないのか。
せーのっ
ビリッ
冬休みも終わる頃、「お年玉で欲しいものを、トイザらスへ買いに行く」というイベントに恵まれた。これはチャンスだった。
「何か欲しいものはある?」と母に聞かれたので、率直に答えた。
「ぼく、おニューの掛け軸が欲しい」
ぼくは掛け軸がトイザらスに売ってると思ってた。
「え? 掛け軸? あるからいいじゃん、破れてるわけじゃないんだし」
うん見た目はね。
「なんで欲しいの?」
「いや、まぁ、ね♡」
「ぼくがへそくりに失敗して破りました」とも言えず、掛け軸も買えなかった。20年以上経った今でも、実家にある掛け軸の裏側は1メートルくらい破れたままだ。