Tacomi式世界⑪「超やせる薬」
ぼくは大学生の頃、読書にハマっていた。
特に芥川龍之介や太宰治が好きだったが、それよりも星新一や筒井康隆のショートショートにハマっていた。
「短いし、おもしろいし、オチがあるし、最高じゃん」
興奮のあまり鼻血ブーして、星新一の『ボッコちゃん』のカバーに滴った。ごめんねボッコたん。
モロに影響を受けたぼくは、一時期マジで小説家になろうと思っていた。就活なんて、しとうない。
だから、先人たちをマネして、おもしろいショートショートを書こうと思い立った。おらおらおらおら! おら何個でも量産するだー。
そうそう。ぼくは形から入る方なので、いかにも文豪っぽいことから始めてみたかった。
例えば、紙に何か書いては「あー違う!」とか言ってクシャクシャに丸めて後ろへポイッと捨ててだんだん背後に溜まっていく感じに憧れていた。ちりつも。
とりあえず、適当に本棚から小説を取り出し、リングノートの紙をピリピリ破って冒頭を写本してみる。
「親譲りの無鉄砲で子どもの頃から損ばかりしている」
「年中借金取が出はいりした」
「死のうと思っていた」
とか書いて、ポイポイ後方へ投げ捨てて作家としてのモチベーションを高めていっていたが、執筆開始3分で背後から忍び寄っていた母に見つかり、無残に捨てられている紙の亡骸たちを復活させてしまった。
文学に関心のなかった母は、親の悪口を書くなとか、おまえはもしかして借金してるのかとか、そんな思いつめて死ぬなとか散々言われた挙げ句、泣かれながら世界には紙すら手に入れることが出来ない子どもたちがいるんだから無駄にするな、命も同じだ軽んじるな、という謎の講義を受けた。
うんごめんね。
さて。
ぼくは何作か作品を書き上げ、通っていた大学の文学部の先生のところへ持って行き、読んでもらった。
その中で、「『超やせる薬』という作品はおもしろいねー!」と好評価をもらったのだ!
今思うと、怪しい通販でも到底取り扱ってなさそうな商品みたいな名前である。
「いやぁ、これ一回載せてみなよ! ショートショートなら、『小説現代』っていうのが募集してるよ!」
ぼくは有頂天になった。
「け、傑作を生んでしまったかもしれない……!!」
と、かつてない感動と同時に、かつてない角度で先生に「ありがとうございます!」とお辞儀をした結果、身体が攣ってワナワナと震えていたがそんなこたぁもうどうでもいい。これからぼくは文壇の大御所を約束されたようなもんだ。
より文豪に近づくため、帰りにロフトで甚平を買って帰宅した。自分へのごほうび。
おもしろい。人生がおもしろい。
ぼくは早速、ショートショートを毎月募集しているコーナーがあるという文芸誌『小説現代』に「超やせる薬」が入った封筒をポストに投函した。
あかん。あかんぞ。このままではすぐにデビューしてしまうではないか。
あせったぼくは、もう単行本が出ることを想定して、早め早めに手を打っておこうと思った。
筆名をどうするか。本名のままだと地味だったので、飼っていた愛犬と好きな文豪の名を合体させて、「歩地田川 歩地之介(ポチタガワ ポチノスケ)」にした。語呂がいい。かわいい。覚えやすい。いそう。つまり、人気が出ちゃう。
一応、外に出て小屋に入っていたポチにお参りしたが手を合わせてる時に舐めてきやがった。少しは敬え。
ペンネームが決まったので、ぼくは見開きのページに書くサインの練習を筆記体でしたり、作者紹介の写真に載せる用として芥川龍之介のようにアゴに手を添えたポーズで50枚くらい自撮りしたりしていた。もちろん甚平を着てね。
ここで、知らない人のために『超やせる薬』の内容を簡単に伝えておこう。
巷で、超やせる薬を飲んだ人たちが次々と失踪しているらしい。なぜ失踪しているのか? 主人公は手元にあった超やせる薬を飲んで失踪の謎を突き止めようとする。ところが、飲んだ瞬間に身体がどんどん細くなり、糸になってしまうというオチ。
「なんか失踪って響きがカッコいい…」と、消えることに憧れていたアイデアから作ったショートショートである。
今思うと、プロットもクソもあったもんじゃない。ひどいという以前にひどい。
きっと先生はつまらな過ぎるぼくのショートショートの中でも、多分これをお情けでおもしろいと言ってくれたに違いない。どんだけー。
ただ、ぼくは当時直木賞の記者会見で着ていく服のことや話す内容をどうしようかで頭がいっぱいだった。「いや~まだこれは何かのドッキリだと思っていますよ〜ははは〜」とか言ってやりたい。無知で幸せである。
待ちに待った、『小説現代』発売日。
ぼくは汗水垂らしながら必死にチャリをこぎ、本屋に辿り着いて平積みになっていた『小説現代』をぶんどり、ショートショートのコーナーにあたるページをめくった。
今日は伝説の日になるぞ。でんせとぅ♪ でんせとぅ♪ でんせ…
……
……
あれ
名前が
ない
バカな
ウソだ
ぼくは愕然とした。
載るものだとばかり思っていた。確実に。なにしろ文学部の教授のお墨付きだったし。
なんなら、そのまま直木賞の受賞式に出席出来るようなジャケットを着ていたし、友達にメールで「おれ作家デビューするんだ。まあ今月の小説現代を読めば分かるさ」とか宣言して「読むわ!」とか返事をもらっていたのに。
どうしようどうしようどうしようどうし
あ
いいこと考えちゃった。もういっそのこと、このまま失踪すればいいのだ。
ぼくが失踪したら、マスコミが「失踪を取り扱った小説、『超やせる薬』を遺して歩地田川歩地之介氏が本当に失踪!」とか取り上げてくれそうだし。
そうなったら有名人になれんじゃね? 執筆依頼とかワンチャンくんじゃね?
悪魔がぼくに囁いた。
ダ、ダメだぽん! みーんな心配しちゃうぽんよ!? そうなったら違うことで有名になっちゃうぽーん!
天使も囁いたけど、黙れぽん。ぼくはやる。
早速家に帰ると、机の上にコピーしておいた『超やせる薬』の原稿と「失踪します」と一言書かれた手紙を置いた。準備OK。
確か、近くのドブ川に沿って生えている竹林をくり抜いた空き地があったので、あそこを隠れ家としよう。秘密基地感あるけど。
ぼくは二重にしたダンボール箱に、筆記用具と原稿用紙と食糧となる買い込んでおいた大量のうまい棒を詰め込んで、空き地へと運んだ。
ダンボール箱から中身を取り出し、一つのダンボール箱は机にして、もう一つは座布団代わりにしよう。
ただ座ってボーッと流れゆくドブを眺めていてもサマにならないので、ここでも作家生活を送ることに決めたのだ。
よし、まずは腹ごしらえ。腹が減っては戦が出来ぬ。薄暗い竹林の中、うまい棒をバリバリ頬張る。
止まらなくなって多分20本くらい食べ終わったら、なんか眠くなってきた。
ダンボールを枕代わりにしてちょっと寝よう。起きた頃に有名になっていたらいいな。果報は寝て待て。
……
……
気付いたら布団の中だった。目の前に父がいる。
「立ち入り禁止の場所へ入っていくおまえを見つけた近所の人から連絡があってな、迎えに行ったんだ」
ぼくは虚ろに聞いていた。
「揺すっても起きなかったから、近所の人たちと抱きかかえて家に運んだんだぞ。寝言でぼくは失踪してまーす糸でーす就活とかしませーんとか言ってたけど、なんだそれ?」
夢が壊れていく。ぼくは観念してあらましを説明した。
「へぇ。面白いじゃないか。おまえまるで『ドン・キホーテ』みたいだな」
ぼくはその一言で救われたような気がした。