Tacomi式世界⑱「モリモリデー」
「来週、モリモリデーがあります」
帰りの会の最中、先生がニヤニヤしながら言った。
なんだそれは。
ぼくは想像力をフルに働かせて考えた。
「森くんや森さんが1日王様になってみんなを奴隷扱いできる日」
もしくは
「みんなで校庭に集まって、せーので下からモリモリ出す日」
なのかもしれない。
一日奴隷になるにしろ、校庭に出てせーのでみんなで脱糞するにしろ、これはどういうことだろう。ギネスブックにでも載せるのだろうか?
などと勝手に話を頭の中で進め、勝手に脅えていたところ、
「クラス全員が給食を残さずにモリモリ食べたら、次の日にご褒美としてデザートが付いてくるという行事です」
先生はイベントの主旨を話してくれた。
それを聞いて一日奴隷と面前脱糞は逃れたものの、依然としてぼくは脅えていた。
少食派のぼくは、好きな牛乳以外、いつも給食はほとんど残す派だったからだ。
こういうイベントの時、この5年2組は謎の一致団結を見せるので困る。
「よっしゃ! いいかおまえら! 全員食べて他の組に勝つぞー!」
と、リーダー格の男子が自分の机に乗って民衆を鼓舞していた。「おー」とか言われてよかったと思うけど、おまえに何の権利があるの?
そう。いつのまにか、デザートを目的とするのではなく、クラス対抗戦みたいな感じにシフトチェンジしている。やめてくれ。
モリモリデーは、必ず残す奴をどうサポートするかが勝利兼デザートへのカギとなる。
いつも見ている限り、ぼく以外はみんな残さずに食べていたので、ぼくへのサポートが重要になってくる。
そして、拷問日当日。
期待0と不安100を胸に献立表を見た。
今日のお昼のメニューは…
・ごはん
・ちくわの磯辺揚げ
・ひじきの煮物
・ほうれん草の胡麻和え
・牛乳
…いや渋くね?
当時、好き嫌いの嫌いが多かったぼくとしては、モリモリデーさえなければ、牛乳だけ飲んでごちそうさまでした、なメニューだった。
牛乳以外全部残飯確定献立。
なので、お昼になって給食当番から給食をもらう時に
「少なめにしろよ。後でブルーアイズのカードあげるから」
と、ひそひそと脅迫及び買収をして、量を基準以下にしてもらった。
にしてもメニューの色合いが渋い。ぼくのは少ない分、まるで修行僧の朝食みたいな昼食だった。
くっつけられている自分の席に戻り、号令がかかった瞬間、周りの目つきが変わった。
対面に座っている女子も、隣に座っている男子も、モリモリというか、ライオンのようにガツガツかきこんでいる。マジかよ。
ぼくも食間にため息を吐きつつ、ちびちびと箸を進め、牛乳で流し込む戦闘スタイルを取っていた。
スカウターで測れば「食事戦闘力はたったの5か、ふん、ゴミめ」とサイヤ人に言われてしまうだろう。
ぼくのしかめっ面を見かねた友達の何人かが、「やるよ」と言って紙パックの牛乳を寄付してくれた。ありがたい。ストックとして残しておこう。
給食時間終了10分前。
気が付けば、ぼくの机の周りをみんながぐるぐると踊りながら「あと一人コール」を手拍子を入れてやっていた。どこの部族の雨ごいの儀式だよ。
白米は食べたけど、依然としておかずだけ頑固に残っているというか頑固に食べていないという絶望的なこの状況。
ぼくはうなだれて、元気がなかった。既に限界がきている。
また見かねた友達が
「みんなー! おもしろいこと言って応援しようぜ!」
と言い出すと、よくギャグをやる男子がぼくの机の前に出てきた。
「右手に精子……左手に卵子……合体っ! 受精卵っ!(こちらにパーにした手を広げる)」
「…」
「彫刻家もおなら超こくか?」
「…」
「おち〇ことおち〇このシワを合わせてしあわせ♡ なーむー」
「ぐっ」
いかにも芸人が滑りそうな下ネタを勇気を出して繰り広げてくれたが、お仏壇のCMをパクったやつがちょっとツボに入って笑ってしまった。ちょっと元気が出た。
「じゃあ今度はおれのターン」
何を見せてくれるのだろうか。
「伸びろ! 如意棒!」
「…」
「出でよち○こ! そして願いを叶えたまえ!」
「…」
「おっす! オラち○こ!」
「ぐっ」
不覚にもおっすオラち○こで笑ってしまい、だんだん元気が出てきた。
ぼくはスパートをかけた。おかずを口に詰め込めるだけ詰め込んだ。
ちょうど審査員として、給食を作ってくれるおばちゃんも巡回にやって来ていたので、なんかもう食べ切らないわけにはいかない。
ストックとしてもらっておいた大量の牛乳で、口に溜め込んだおかずたちを流し込もうとゴクゴク飲む。
そして。
壁に掛けられた時計で、残り時間10秒というところにさしかかった。
「ごっくん!」「ごっくん!」「ごっくん!」
クラスメイトたちが手拍子とともに後押しをする。
……めっちゃ苦しい。
ほっぺたをパンパンにしたぼくの顔が苦悶に満ちていたせいか、男子がまだぼくを元気付けようと「最終手段!」と言って、スカートを履いているぼくの好きな女子に近付いて行った。
まさか。
やめろ。
「ペロリィーン!」
花柄のパンツが視界に入った。
眼福。
その瞬間。
ごくん。
飲み込めた! と思いきや。
ぼくの両方の鼻の穴から、牛乳の滝がとめどなく流れ出てきた。
鼻たら牛乳の判定はアウトだった。